「なっちゃんワールドという船が寄港するらしいから見に行こう」と珍しい事を姉が言う。「なっちゃん、何?」と私。「いや、だから、そういう名前の船みたいで、昨日も伊延港から出たらしいけど、今朝もう一隻来ているみたい。昨日は出遅れてしまって出航した後だったから、今日は間に合わせて行きたいのよ。一緒に来ない?」と言うので、外出好きの父も連れて行く事にした。港はすぐ隣の村落だから車で数分。
いたいた!何という楽しい船体のデザイン。津軽海峡フェリーという、青森と函館の間を航行していた双胴船の高速フェリーらしい。今回は自衛隊の隊員達やトラックなどを積んで鹿児島まで走るとの事。運送会社に勤める知り合いのヤッ君と姉がちょっと立ち話をしている間に、出航されては大変と大急ぎで写真を撮る。
何と昨日の船は沖永良部島から鹿児島までの500キロ以上の距離を8時間で走り、折り返して戻ってきたとの事。2隻では無く、同じ船だったのだ。びっくり。ネットで調べたら時速65キロは出るらしい。早いー。ただ、ジェット噴射だから舵が無くて、推進効率が多少悪く、スピードと引き換えに少し変な揺れ方をするらしい。慣れないと船酔いするかも?それでも乗ってみたい!
Tuesday, November 18, 2014
Wednesday, November 12, 2014
ちょっと嬉しい出来事
父が週3日お世話になっているデイ・ケアー・サービス主催の運動会が日曜日にあった。本人が今回の初参加を心待ちにしていた事と、家族の参加を強く呼びかけていたので、姉と一緒に9時半頃に会場に行った。競技は室内ではあったが、雨の予報を裏切った清々しい晴れの日に皆喜びの笑顔。
80〜90歳代の選手も多く、ゲートボールを始め、様々に工夫を凝らした無理の無い数々のゲームに選手は一喜一憂、そして興奮。人生の大先輩方の運動会とはいかなる物かと興味を持って参加した私達も当事者に負けないくらいに大いに楽しませてもらいました。
そして、何と我が父が最優秀賞を頂いた。ずっしりと重たい商品は野菜と果物100%の健康ドリンク。おまけに私も椅子取りゲームで最後まで勝ち残り、新潟産のこしひかり5キロを手渡された。こちらもずしり!お米はいくらあっても困らないので有り難い。何よりも父、そして病院にいて報告を受けた母のふたりが大喜びなのが嬉しい出来事でした。
また職員やボランティアの方達のテキパキとした動きや誘導でプログラムも遅延無くスムーズに運び、見ていて気持良く、感心させられました。参加者のどなたも怪我をする事なく終える事ができて本当に良かった。翌日は通所を休む方も何人かいらしたとの事。これは仕方がないですね。何せ、いつものお昼寝が無しでしたから。
80〜90歳代の選手も多く、ゲートボールを始め、様々に工夫を凝らした無理の無い数々のゲームに選手は一喜一憂、そして興奮。人生の大先輩方の運動会とはいかなる物かと興味を持って参加した私達も当事者に負けないくらいに大いに楽しませてもらいました。
そして、何と我が父が最優秀賞を頂いた。ずっしりと重たい商品は野菜と果物100%の健康ドリンク。おまけに私も椅子取りゲームで最後まで勝ち残り、新潟産のこしひかり5キロを手渡された。こちらもずしり!お米はいくらあっても困らないので有り難い。何よりも父、そして病院にいて報告を受けた母のふたりが大喜びなのが嬉しい出来事でした。
また職員やボランティアの方達のテキパキとした動きや誘導でプログラムも遅延無くスムーズに運び、見ていて気持良く、感心させられました。参加者のどなたも怪我をする事なく終える事ができて本当に良かった。翌日は通所を休む方も何人かいらしたとの事。これは仕方がないですね。何せ、いつものお昼寝が無しでしたから。
Wednesday, November 5, 2014
棟上げ式の餅まき
近所の家で息子夫婦のために建てている新築の棟上げ式が行われた。5時から餅まきがあるから行こうよと誘われ、久しぶりの餅拾いなので心躍らせて足を運んだ。人が随分集まっているので訊ねると、近所の人ばかりかお嫁さんのお友達やその子供達なども多数来ているとの事。これは競争が激しいぞ!
待つ事20分程。屋根の上でお祓いの為に四隅に大きめの餅を並べたり、焼酎をかけたりして神事が執り行われています。
その後に待っていた餅投げが始まった。皆、ワーワー、キャーキャー言いながら落ちてくる餅拾いに我を忘れて大はしゃぎ。白いお餅と一緒に包まれた小銭が頭に当たったりするのでご用心。
皆、それぞれ満足する程拾ってお家へ。
我が家の戦利品はこれだけ。姉ふたりと3人で拾ったにしては少ない?私が写真やビデオ撮りに忙しかったせいですね。早速そのまま食べたり、炊いたご飯の上で蒸したりして美味しく頂きました。家の完成まではまだまだのようですが、事故や怪我のないように頑張って下さい!
待つ事20分程。屋根の上でお祓いの為に四隅に大きめの餅を並べたり、焼酎をかけたりして神事が執り行われています。
その後に待っていた餅投げが始まった。皆、ワーワー、キャーキャー言いながら落ちてくる餅拾いに我を忘れて大はしゃぎ。白いお餅と一緒に包まれた小銭が頭に当たったりするのでご用心。
皆、それぞれ満足する程拾ってお家へ。
我が家の戦利品はこれだけ。姉ふたりと3人で拾ったにしては少ない?私が写真やビデオ撮りに忙しかったせいですね。早速そのまま食べたり、炊いたご飯の上で蒸したりして美味しく頂きました。家の完成まではまだまだのようですが、事故や怪我のないように頑張って下さい!
Monday, November 3, 2014
Friday, October 31, 2014
鹿児島の名勝庭園、仙巌園(磯庭園)
10月の初旬にカリブ海に戻る予定が、数ヶ月間の帰国中にと思い、人間ドックを受けたら悪い所が見つかってしまった。そのための受診だったとは言え、再検査を受けたり、また思いがけず入院&手術となってしまい、田舎と鹿児島を5度も往復する事になった。
何はともあれ、昨日退院できたので、以前から行ってみたかった仙巌園(せんがんえん)に行ってきた。島津の殿様の別荘は、眼の前の桜島を築山に、錦江湾(きんこうわん)を池に見立てたという雄大なスケールの庭園で、想像以上の素晴らしさだった。明後日から始まる「おはら祭り」のために用意された菊の花々がこれまた見事だった。
隣接する幕末に築かれた東洋最大の工場群「集成館」も薩摩の豊富な歴史を物語り、5時間程満足の行く時を過ごした。おかげで予定していた水族館には足を運べなかったが、それはまた次回のお楽しみ。そうそう、お土産物屋も色々とあり、薩摩切子を始め魅力的な品々もいっぱいでした。
何はともあれ、昨日退院できたので、以前から行ってみたかった仙巌園(せんがんえん)に行ってきた。島津の殿様の別荘は、眼の前の桜島を築山に、錦江湾(きんこうわん)を池に見立てたという雄大なスケールの庭園で、想像以上の素晴らしさだった。明後日から始まる「おはら祭り」のために用意された菊の花々がこれまた見事だった。
隣接する幕末に築かれた東洋最大の工場群「集成館」も薩摩の豊富な歴史を物語り、5時間程満足の行く時を過ごした。おかげで予定していた水族館には足を運べなかったが、それはまた次回のお楽しみ。そうそう、お土産物屋も色々とあり、薩摩切子を始め魅力的な品々もいっぱいでした。
Wednesday, September 24, 2014
楽しみな敬老会
もう10日程経ったが、9月15日の前日に字の敬老会があった。肺炎で再入院していた父はずっとこの日を楽しみにしており、私と姉も両親揃って参加させてあげたかったので、何とか前々日に退院させた。
とは言え、病み上がりで体力も無く午前中はずっと寝ていた父。午後1時開始を前にして、これは無理かなぁと思っていたら、服を着せろと命令口調。どうしても行くぞという気合いが入っていた。これはもう気力が勝っていた。母にも支度させ、先に車椅子で歩いて5分の生活館へ送り届け、家に取って返して姉とふたりで父を車に乗せて向かった。支えていなければどうにも危なくてしょうが無い。
母は車椅子なの後ろの席だが、男性は90才以上になる先輩2人が参加できない為、父は一番前の席。その前に全員そろっての記念撮影。続く祝辞が多少長く心配したが、回りと少し歓談しながら余興を楽しんでいるようである。母と父の間を往復しながら写真を撮ったりと私も忙しい。それでも、12年ぶりに参加する畦布の敬老会は私にとっても特別に楽しかった。ふたり揃って参加でき満足した両親であったが、さすがに翌日は終日ほとんど寝ていました。
若い者達が先輩達を敬って特別な日を祝ってあげるこの敬老会。ひとりひとりのお年寄り(こう呼ぶのもためらわれるくらい元気いっぱいの人が多いが)が主役のこの一日。できるなら私もこういう老年を送りたいと思った一日でした。70才の初敬老まであと何年?
とは言え、病み上がりで体力も無く午前中はずっと寝ていた父。午後1時開始を前にして、これは無理かなぁと思っていたら、服を着せろと命令口調。どうしても行くぞという気合いが入っていた。これはもう気力が勝っていた。母にも支度させ、先に車椅子で歩いて5分の生活館へ送り届け、家に取って返して姉とふたりで父を車に乗せて向かった。支えていなければどうにも危なくてしょうが無い。
母は車椅子なの後ろの席だが、男性は90才以上になる先輩2人が参加できない為、父は一番前の席。その前に全員そろっての記念撮影。続く祝辞が多少長く心配したが、回りと少し歓談しながら余興を楽しんでいるようである。母と父の間を往復しながら写真を撮ったりと私も忙しい。それでも、12年ぶりに参加する畦布の敬老会は私にとっても特別に楽しかった。ふたり揃って参加でき満足した両親であったが、さすがに翌日は終日ほとんど寝ていました。
若い者達が先輩達を敬って特別な日を祝ってあげるこの敬老会。ひとりひとりのお年寄り(こう呼ぶのもためらわれるくらい元気いっぱいの人が多いが)が主役のこの一日。できるなら私もこういう老年を送りたいと思った一日でした。70才の初敬老まであと何年?
Saturday, September 13, 2014
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